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【インドネシアの決済事情・後編】政府が積極的にキャッシュレスを推進、“デジタルルピア”にも期待

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インドネシアの決済事情について、キャッシュレス、電子マネー関連のジャーナリスト/ライターである和田 文明氏によるレポートで解説します。前編では、インドネシアのキャッシュレス化の状況や決済手段ごとの利用状況についてご紹介しました。後編では、インドネシアのキャッシュレス化に関する銀行の取り組みや、今後の課題と目標について詳しく説明します。

【著者について】和田 文明
ジャーナリスト/ライター

早稲田大学社会科学部卒業。昭和53年に旧国内信販株式会社(“楽天KC”を経て、“KCカード”と“楽天カード”に分割)入社、コンプライアンス本部法務部部長などを歴任、平成18年に理事に就任。昭和62年度日本クレジット産業協会論文コンクール大賞受賞。平成5年ICBA (国際カードビジネス協会)論文コンクール優秀賞受賞。

バリ島のタマンアユン寺院

キャッシュレス普及の要因は?

・政府の取り組み
2010年代よりインドネシア銀行などを通じてキャッシュレス化を推進する政策を積極的に展開しており、特に統一QRコードのQRIS(クリス)の導入がその代表である。また、中小事業者を対象にキャッシュレス決済の導入を支援するプログラムを提供している。QRIS は2022年末時点で露店などの零細店舗を含む1,500万以上の中小事業者(MSMEs)によって利用されている

・新型コロナウイルスの影響
インドネシアでは、2020年の初頭に発生したコロナ禍で、紙幣や硬貨などの現金の受け渡しの衛生上の問題から非接触決済が推奨され、現金の使用が敬遠されるようになった。QRコード決済などのデジタル決済(QRコード、IC電子マネー、モバイルバンキング)による非接触決済の需要が大幅に増加し、2020年から2021年にかけてトランザクション件数が約40%増加したといわれている

・スマートフォンの普及
インドネシアでも近年スマートフォンの普及率が高まり、デジタルウォレットアプリによるモバイル決済が広く普及し、一般的になってきた

セキュリティなどに課題、将来的には“デジタルルピア”の構想も

・地方部での普及
インドネシアの農村部や島嶼部では、インターネットインフラや電力供給の不足がキャッシュレス化の浸透を妨げており、キャッシュレスのインフラ整備やデジタルリテラシーの向上が大きな課題である

・セキュリティ対策
インドネシアの急速なデジタル決済の普及に伴い、偽のウェブサイトやアプリ、SMS、メールなどを通じて、利用者の個人情報や決済情報を詐取する“フィッシング詐欺”、利用者のアカウントに不正にアクセスし、残高を盗んだり、不正な取引を行う“不正アクセス”、脆弱なパスワードやセキュリティ対策の甘さが原因となることが多い“マルウェア攻撃”、偽のQRコードにすり替え、利用者を不正なサイトに誘導したりする“QRコード詐欺”など、セキュリティリスクは多様化かつ深刻化しており、デジタル不正対策やサイバーセキュリティの強化が求められている

・将来の展望
インドネシア銀行が計画中のCBDC(Central Bank Digital Currency、中央銀行デジタル通貨)“デジタルルピア”(Digital Rupiah)の導入や新しいテクノロジーの進化により、さらなるキャッシュレス化が期待されている

首都ジャカルタの街並み

2030年までにキャッシュレスをさらに深化

インドネシアで金融包摂やキャッシュレス化策を推し進めるインドネシア銀行は、インドネシアのペイメントシステムの次期5年間の中期の将来像を示す重要な戦略文書である“インドネシアペイメントシステム構想”(Indonesia Payment System Blueprint、以下IPSB)をこれまで2019年と2024年の2回にわたって公表している。表3は、2019年に公表されたIPSB 2025と2024年に公表されたIPSB 2030を対比させたものである。

項目IPSB 2025BSPI 2030
公表時期2019年2024年
構想対象期間2020年~2025年2025年~2030年
内容2025年までの中期的なビジョン2030年までの中期的なビジョン
主な目的・インドネシアにおけるペイメントシステムのデジタル化と近代化の加速・インドネシアにおけるデジタル経済の発展を支える基盤構築 ・持続可能な経済成長の実現
主なフォーカス・ペイメントシステムの統合と相互運用性 ・デジタル決済の推進 ・金融包摂の拡大 ・リスク管理の強化 ・消費者保護の強化・デジタル経済の加速 ・金融包摂の深化 ・安全で効率的な決済システムの構   築 ・国際的な相互運用性の強化
主な取り組み・インドネシア統一QRコードの普及 ・リアルタイム決済システムの強化 ・オープンAPIの推進 ・データガバナンスの強化 ・規制のサンドボックスの活用・デジタルルピア(CBDC)の導入 ・オープンファイナンス(開かれた金融アクセス)の推進 ・AIとビッグデータの活     用 ・サステナブルな金融の推進 ・サイバーセキュリティの強化
主なテクノロジー的要素・統一QRコード(QRIS) ・BI-FAST (リアルタイム決済システム) ・オープンAPI(Application Programming Interface)・AI ・ビッグデータ ・CBDC(デジタルルピア) ・オープンファイナンス
目標とする成果・ペイメントシステムの効率性と安全性向上 ・デジタルペイメントの普及 ・金融包摂の拡大・デジタル経済の発展 ・金融包摂の深化 ・国際的なペイメントシステムとの連携強化
金融包摂・これまで金融サービスへのアクセスが限られていた人々へのサービス提供・地方や農村部、島嶼部におけるデジタル金融サービスの利用促進 ・地域間の格差縮小
国際連携特になし・ASEAN地域を中心とした国際的な決済システムとの連携強化 ・グローバルなデジタル経済におけるインドネシアの役割強化
新たな要素 ・CBDC(デジタルルピア) ・AIとビッグデータの活用 ・サステナブルな金融
結論・インドネシアのペイメントシステムのデジタル化と近代化を加速させるための基盤作りの中期構想を示したものである・デジタル経済の発展を支える包括的で持続可能なペイメントシステムの構築を目指したものである
表3 IPSB 2025とIPSB 2030の比較(出典:BSPI 2030、BSPI 2025)


・BSPI 2025のポイント
2019年に策定されたBSPI 2025では、主にペイメントシステムのデジタル化と近代化を加速させるための基盤作りに重点を置いている。また、統一QRコードであるQRISやBI-FASTといった具体的なデジタル決済手段の普及やオープンAPIの推進など、技術的なインフラ整備に注力し、金融包摂の拡大も重要な目標であるものの、主にデジタルペイメントの普及を通じて金融包摂の実現を目指している。

・BSPI 2030のポイント
2024年に策定されたBSPI 2030では、BSPI 2025の成果を基盤として、より包括的かつ革新的なペイメントシステムの構築を目指している。中央銀行のデジタル通貨(CBDC)であるデジタルルピアの導入プランや、AI、ビッグデータの活用など、より高度な金融テクノロジーを取り入れ、デジタル経済の発展を加速させることを目標としている。また、金融包摂のさらなる深化、サステナブルな金融、国際的な連携など、より広範な目標を掲げている。BSPI 2030では、より高度な金融テクノロジーと広範なデジタル金融実現の目標を掲げているといえよう。