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東南アジアではQRコード決済を中心に、日本よりも早くキャッシュレス決済が浸透しています。特にインドネシアの統一QRコード規格である「QRIS(クリス)」は、ネットスターズがスイッチングシステム運営事業者として運用をサポートしている日本の統一QRコード規格「JPQR Global」とも接続し、日本を訪れるインドネシア人が、自国の決済サービスで決済できるようになっています。今回はそんなインドネシアの決済事情について、キャッシュレス、電子マネー関連のジャーナリスト/ライターである和田 文明氏の解説レポートを前後編でお届けします。
前編ではインドネシアのキャッシュレス化の状況や、決済手段ごとの利用状況について詳しく解説、後編ではインドネシアのキャッシュレス化に関する銀行の取り組みや、今後の課題と目標についてご紹介します。
インドネシアでは同じASEANのシンガポールやマレーシア、タイに続いて、2010年代後半より、インドネシアの中央銀行であるインドネシア銀行(Bank Indonesia)主導のもと、QRコード決済を中心としたキャッシュレス化が急速に進んでおり、特にジャカルタやバンドンなどの都市部での普及が顕著である。
インドネシアの基礎情報は、表1の通りである。インドネシアの国土面積は日本のおよそ5倍の約192万平方キロメートルで、人口はインド、中国、アメリカに次ぐ世界第4位の約2.79億人である。インドネシアのGDP(名目)は11,790億ドル(2023年度、約177兆円)、一人当たりGDP(名目)は4,784ドル(2022年度、約71.8万円)である。なお、インドネシアの経済成長率は5.05%(2023年)と日本に比べると高い。インドネシアの通貨はインドネシア・ルピアで、10,000ルピアは約90円である。宗教は、イスラム教が国民の87%を占めている。
面積 | 約192万平方キロメートル(日本の約5倍) |
人口 | 約2.79億人(2023年、インドネシア政府統計) |
首都 | ジャカルタ(人口1,067万人:2023年、インドネシア政府統計) |
民族 | 約1,300(ジャワ人、スンダ人、マドゥーラ人等マレー系、パプア人等メラネシア系、中華系、アラブ系、インド系等) |
言語 | インドネシア語 |
宗教 | イスラム教87%、キリスト教10.4%(プロテスタント7.4%、カトリック3%)、ヒンズー教1.7%、仏教0.7%(2023年、宗教省統計) |
通貨 | インドネシア・ルピア |
GDP(名目) | 13,190億ドル(2023年度、約197兆円) |
一人当たりGDP(名目) | 4,796ドル(2022年度、約71.9万円) |
経済成長率 | 5.05%(2023年、インドネシア政府統計) |
物価上昇率 | 2.61%(2023年12月、インドネシア政府統計) |
表2は、インドネシアが加盟するASEANの加盟10カ国の国土面積や人口、GDPを比較したものである。
国名 | 国土面積 | 人口 | GDP | 一人当たりGDP |
インドネシア | 1,904,569 km² | 275,000,000人 | 13,190億米ドル | 4,796米ドル |
タイ | 513,120 km² | 70,000,000人 | 5,120億米ドル | 7,314米ドル |
シンガポール | 728 km² | 5,600,000人 | 4,240億米ドル | 75,714米ドル |
ベトナム | 331,210 km² | 98,000,000人 | 4,090億米ドル | 4,173米ドル |
マレーシア | 330,803 km² | 33,000,000人 | 4,070億米ドル | 12,333米ドル |
フィリピン | 300,000 km² | 115,000,000人 | 4,040億米ドル | 3,513米ドル |
ミャンマー | 676,578 km² | 54,000,000人 | 600億米ドル | 1,111米ドル |
カンボジア | 181,035 km² | 17,000,000人 | 280億米ドル | 1,647米ドル |
ブルネイ | 5,765 km² | 450,000人 | 140億米ドル | 31,111米ドル |
ラオス | 236,800 km² | 7,400,000人 | 19.0億米ドル | 2,568米ドル |
インドネシアは、国土面積、人口、GDPでASEANの中でトップである。一人当たりGDP (米ドルベース)に関しては、都市国家でASEANの経済と金融の中心であるシンガポール(75,714米ドル、約1,135万円)がトップで、ブルネイ(31,111米ドル、約466万円)、マレーシア(12,333米ドル、約185万円)、タイ(7,314米ドル、約109万円)に次いでインドネシアは5位で、4,796米ドル(約71万円)である。
インドネシアでは同じASEANのシンガポールやブルネイ、マレーシア、タイに続いて、近年キャッシュレス化が急速に進んでおり、特に首都のジャカルタやバンドンなどの都市部でのキャッレス化が顕著となっている。インドネシアでキャッシュレス化が進み始めたのは、2010年代後半にインドネシア銀行が主導して統一QRコードのQRIS(Quick Response Code Indonesian Standard)の導入など決済のデジタル化を図ってきたことと、2020年初頭に世界レベルで発生したコロナ禍によるところが大きい。コロナ禍では、紙幣や硬貨による現金決済の利用が減り、クレッジットカードやデビットカードなどのペイメントカード決済や、IC電子マネー、デジタルウォレットによるQRコード決済の利用が急速に拡大した。
インドネシアは、ベトナムやフィリピンなどの他のASEAN諸国の国と同様に、銀行口座の普及率は国民の半分にも満たず、欧米先進国や日本、韓国、台湾、香港、マカオといった東アジアの国ように金融包摂(Financial Inclusion)には未だ程遠い状態であるため、クレジットカードやデビットカードといったペイメントカード決済サービスの普及はジャカルタやバンドンなどの都市部に限られていた。しかし、2010年代にスマートフォンが急速に普及し始め、FinTechなどテクノロジー革新によって、スマートフォンによるデジタルウォレットやモバイルバンキング、QRコード決済によるモバイルペイメントが広がり、これまで金融サービスにアクセスしにくかった地域や人々にも門戸が開かれたことで、金融包摂が拡大している。
欧米における非現金決済は、銀行口座の普及に伴うVisaやMastercardブランドのバンククレジットカードやオフラインデビットカード、銀行口座の資金の引き出しに用いられるATMカードをベースにしたオンラインデビットカードが主流であった。金融包摂が遅れたインドネシアなどの新興国では、従来の銀行口座ではなくスマートフォンによるモバイルバンキングやデジタルウォレットベースのQRコード決済が普及し、非現金決済のメインとなっている。
インドネシアにおける主なキャッシュレスは、次の通り。
・クレジットカード
インドネシアではクレジットカードの普及率は欧米先進国や日本や韓国、台湾、香港などの東アジアの国に比べて低いものの、銀行口座を有する都市部の中間層では、VisaやMastercardブランドのバンククレジットカードを持つ人は少なくない。しかし、デビットカードやQRコード決済に比べると未だ利用が限定的である
(備考)
・インドネシアのクレジットカード決済市場は、コロナ禍の影響を受けて、非現金決済方法の採用の増加に牽引され、近年増加傾向にある
・インドネシアにおけるクレジットカードの発行枚数は2023年末で約1,900万枚と推計されている
・インドネシアの国民一人当たりのクレジットカード枚数は0.077枚と推計されている
・インドネシアにおけるクレジットカードのトランザクション金額は2024年度で約500兆ルピア(約4.5兆円)と推計され、対前年比で25%の増加である
・デビットカード
インドネシアではATMの普及に伴い、デビットカードが広く使われてきた。その利用件数は年々増加傾向にあり、都市部を中心に銀行口座を保有する層でのデビットカード利用率が高まっている
(備考)
・インドネシアにおけるデビットカードのトランザクション金額は2024年度で約270兆ルピア(約2.4兆円)と推計され、対前年比で17%の増加である
・決済端末の増加により、デビットカードを受け入れるカード加盟店の数も増加している
・デジタルウォレット(e-wallet)
GoPay、OVO、DANA、ShopeePayなどのデジタルウォレットサービスは、特に若年層や都市部での利用が多く、QRコード決済や送金、公共料金の支払いなど幅広いアプリケーションに対応している
・QRコード決済
インドネシアではQRISという統一QRコードを2019年から導入し、異なるデジタルウォレットや銀行システム間での相互運用性を実現している。QRISの導入によって露店や地方の小規模店舗でもQRコードを用いた決済によってキャッシュレス決済が可能になっており、2020年以降のインドネシアでのキャッシュレス化に貢献している
(備考)
・インドネシアにおけるQRコード決済のトランザクション金額は2024年度で約300兆ルピア(約2.7兆円)と推計されており、対前年比で67%の増加である
・IC電子マネー
インドネシアでは、QRコード決済が登場する前の2010年頃から非接触ICカードを用いたMEGA CASHなどのIC電子マネーが、ジャカルタなどの都市部でコンビニや公共交通機関を中心に利用されている