NETSTARSBLOG

【インドネシアの決済事情・前編】統一QRコード「QRIS」が普及、日本や欧米と異なるキャッシュレスの状況とは?

公開日:

東南アジアではQRコード決済を中心に、日本よりも早くキャッシュレス決済が浸透しています。特にインドネシアの統一QRコード規格である「QRIS(クリス)」は、ネットスターズがスイッチングシステム運営事業者として運用をサポートしている日本の統一QRコード規格「JPQR Global」とも接続し、日本を訪れるインドネシア人が、自国の決済サービスで決済できるようになっています。今回はそんなインドネシアの決済事情について、キャッシュレス、電子マネー関連のジャーナリスト/ライターである和田 文明氏の解説レポートを前後編でお届けします。
前編ではインドネシアのキャッシュレス化の状況や、決済手段ごとの利用状況について詳しく解説、後編ではインドネシアのキャッシュレス化に関する銀行の取り組みや、今後の課題と目標についてご紹介します。

【著者について】和田 文明
ジャーナリスト/ライター

早稲田大学社会科学部卒業。昭和53年に旧国内信販株式会社(“楽天KC”を経て、“KCカード”と“楽天カード”に分割)入社、コンプライアンス本部法務部部長などを歴任、平成18年に理事に就任。昭和62年度日本クレジット産業協会論文コンクール大賞受賞。平成5年ICBA (国際カードビジネス協会)論文コンクール優秀賞受賞。

ジャカルタ コタ地区の街並み

インドネシアのキャッシュレスの状況 

インドネシアでは同じASEANのシンガポールやマレーシア、タイに続いて、2010年代後半より、インドネシアの中央銀行であるインドネシア銀行(Bank Indonesia)主導のもと、QRコード決済を中心としたキャッシュレス化が急速に進んでおり、特にジャカルタやバンドンなどの都市部での普及が顕著である。

インドネシアの基礎情報

インドネシアの基礎情報は、表1の通りである。インドネシアの国土面積は日本のおよそ5倍の約192万平方キロメートルで、人口はインド、中国、アメリカに次ぐ世界第4位の約2.79億人である。インドネシアのGDP(名目)は11,790億ドル(2023年度、約177兆円)、一人当たりGDP(名目)は4,784ドル(2022年度、約71.8万円)である。なお、インドネシアの経済成長率は5.05%(2023年)と日本に比べると高い。インドネシアの通貨はインドネシア・ルピアで、10,000ルピアは約90円である。宗教は、イスラム教が国民の87%を占めている。

面積約192万平方キロメートル(日本の約5倍)
人口約2.79億人(2023年、インドネシア政府統計)
首都ジャカルタ(人口1,067万人:2023年、インドネシア政府統計)
民族約1,300(ジャワ人、スンダ人、マドゥーラ人等マレー系、パプア人等メラネシア系、中華系、アラブ系、インド系等)
言語インドネシア語
宗教イスラム教87%、キリスト教10.4%(プロテスタント7.4%、カトリック3%)、ヒンズー教1.7%、仏教0.7%(2023年、宗教省統計)
通貨インドネシア・ルピア
GDP(名目)13,190億ドル(2023年度、約197兆円)
一人当たりGDP(名目)4,796ドル(2022年度、約71.9万円)
経済成長率5.05%(2023年、インドネシア政府統計)
物価上昇率2.61%(2023年12月、インドネシア政府統計)
表1 インドネシアの基礎情報 ※日本の外務省のHP、その他より作成

表2は、インドネシアが加盟するASEANの加盟10カ国の国土面積や人口、GDPを比較したものである。

国名国土面積人口GDP一人当たりGDP
インドネシア1,904,569 km²275,000,000人13,190億米ドル4,796米ドル
タイ513,120 km²70,000,000人5,120億米ドル7,314米ドル
シンガポール728 km²5,600,000人4,240億米ドル75,714米ドル
ベトナム331,210 km²98,000,000人4,090億米ドル4,173米ドル
マレーシア330,803 km²33,000,000人4,070億米ドル12,333米ドル
フィリピン300,000 km²115,000,000人4,040億米ドル3,513米ドル
ミャンマー676,578 km²54,000,000人600億米ドル1,111米ドル
カンボジア181,035 km²17,000,000人280億米ドル1,647米ドル
ブルネイ5,765 km²450,000人140億米ドル31,111米ドル
ラオス236,800 km²7,400,000人19.0億米ドル2,568米ドル
表2  ASEAN 10カ国の概況 ※各種資料より作成

インドネシアは、国土面積、人口、GDPでASEANの中でトップである。一人当たりGDP (米ドルベース)に関しては、都市国家でASEANの経済と金融の中心であるシンガポール(75,714米ドル、約1,135万円)がトップで、ブルネイ(31,111米ドル、約466万円)、マレーシア(12,333米ドル、約185万円)、タイ(7,314米ドル、約109万円)に次いでインドネシアは5位で、4,796米ドル(約71万円)である。

銀行主導で統一QRコードが普及

インドネシアでは同じASEANのシンガポールやブルネイ、マレーシア、タイに続いて、近年キャッシュレス化が急速に進んでおり、特に首都のジャカルタやバンドンなどの都市部でのキャッレス化が顕著となっている。インドネシアでキャッシュレス化が進み始めたのは、2010年代後半にインドネシア銀行が主導して統一QRコードのQRIS(Quick Response Code Indonesian Standard)の導入など決済のデジタル化を図ってきたことと、2020年初頭に世界レベルで発生したコロナ禍によるところが大きい。コロナ禍では、紙幣や硬貨による現金決済の利用が減り、クレッジットカードやデビットカードなどのペイメントカード決済や、IC電子マネー、デジタルウォレットによるQRコード決済の利用が急速に拡大した。

インドネシアは、ベトナムやフィリピンなどの他のASEAN諸国の国と同様に、銀行口座の普及率は国民の半分にも満たず、欧米先進国や日本、韓国、台湾、香港、マカオといった東アジアの国ように金融包摂(Financial Inclusion)には未だ程遠い状態であるため、クレジットカードやデビットカードといったペイメントカード決済サービスの普及はジャカルタやバンドンなどの都市部に限られていた。しかし、2010年代にスマートフォンが急速に普及し始め、FinTechなどテクノロジー革新によって、スマートフォンによるデジタルウォレットやモバイルバンキング、QRコード決済によるモバイルペイメントが広がり、これまで金融サービスにアクセスしにくかった地域や人々にも門戸が開かれたことで、金融包摂が拡大している。

欧米における非現金決済は、銀行口座の普及に伴うVisaやMastercardブランドのバンククレジットカードやオフラインデビットカード、銀行口座の資金の引き出しに用いられるATMカードをベースにしたオンラインデビットカードが主流であった。金融包摂が遅れたインドネシアなどの新興国では、従来の銀行口座ではなくスマートフォンによるモバイルバンキングやデジタルウォレットベースのQRコード決済が普及し、非現金決済のメインとなっている。

金融包摂とは、貧富や地域性などに関係なく、誰もが必要な金融サービスにアクセスできることを目指す概念で、銀行口座、融資、保険、デジタル決済、送金サービスなどの各種金融サービスが利用できる環境を整えることを意味する。インドネシアでは、金融や通信のテクノロジーの革新によって、スマートフォンによるモバイルバンキングやデジタルウォレットベースのQRコード決済などデジタル金融サービスが普及し、これまで金融サービスにアクセスしにくかった地域(農村部や島嶼部)や貧しい人々にも金融サービスへの門戸が開かれるようになっており、金融包摂が確実に拡大しつつある。

QRコードやデビットの利用が増加、クレジット利用は限定的

インドネシアにおける主なキャッシュレスは、次の通り。

・クレジットカード
インドネシアではクレジットカードの普及率は欧米先進国や日本や韓国、台湾、香港などの東アジアの国に比べて低いものの、銀行口座を有する都市部の中間層では、VisaやMastercardブランドのバンククレジットカードを持つ人は少なくない。しかし、デビットカードやQRコード決済に比べると未だ利用が限定的である
(備考)
・インドネシアのクレジットカード決済市場は、コロナ禍の影響を受けて、非現金決済方法の採用の増加に牽引され、近年増加傾向にある
・インドネシアにおけるクレジットカードの発行枚数は2023年末で約1,900万枚と推計されている
・インドネシアの国民一人当たりのクレジットカード枚数は0.077枚と推計されている
・インドネシアにおけるクレジットカードのトランザクション金額は2024年度で約500兆ルピア(約4.5兆円)と推計され、対前年比で25%の増加である

・デビットカード
インドネシアではATMの普及に伴い、デビットカードが広く使われてきた。その利用件数は年々増加傾向にあり、都市部を中心に銀行口座を保有する層でのデビットカード利用率が高まっている
(備考)
・インドネシアにおけるデビットカードのトランザクション金額は2024年度で約270兆ルピア(約2.4兆円)と推計され、対前年比で17%の増加である
・決済端末の増加により、デビットカードを受け入れるカード加盟店の数も増加している

ジャカルタ市内に設置されていたATM

・デジタルウォレット(e-wallet)
GoPay、OVO、DANA、ShopeePayなどのデジタルウォレットサービスは、特に若年層や都市部での利用が多く、QRコード決済や送金、公共料金の支払いなど幅広いアプリケーションに対応している

・QRコード決済
インドネシアではQRISという統一QRコードを2019年から導入し、異なるデジタルウォレットや銀行システム間での相互運用性を実現している。QRISの導入によって露店や地方の小規模店舗でもQRコードを用いた決済によってキャッシュレス決済が可能になっており、2020年以降のインドネシアでのキャッシュレス化に貢献している
(備考)
・インドネシアにおけるQRコード決済のトランザクション金額は2024年度で約300兆ルピア(約2.7兆円)と推計されており、対前年比で67%の増加である
・IC電子マネー
インドネシアでは、QRコード決済が登場する前の2010年頃から非接触ICカードを用いたMEGA CASHなどのIC電子マネーが、ジャカルタなどの都市部でコンビニや公共交通機関を中心に利用されている